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クラス会やろう

2012年8月15日 (水)

ようやく

連絡取れた人 先生 + 15人/34人

あいかわらず捜索中の孝博君でしたが、ようやく連絡が取れました。

既に連絡済の朋子さんの兄と孝博君の兄が同級だったので、以前、兄→兄で連絡を取ってもらおうとしたが不調に。
そこで孝博兄をFBで検索してみたら同姓同名がヒット。ほうほう、こどもバスケチームのコーチをやっている。
たしか中学時代はバスケ部でしたね。しかも、地元の阿佐ヶ谷駅近くの会社に勤務!

阿佐ヶ谷七夕祭りの最中に、事務所の前まで偵察に行ったところ自動ドアが勝手に開いてしまい、孝博兄らしき人物を確認、いや、この人にまちがいない。

そこで茂雄君に事情を話したところ事務所に直接行ってくれるとのこと。
おー頼もしい!

そしてついに、お兄さんから連絡先をきき、直接連絡が取れた模様! 
さっそくおっちゃんオフ会を開かねば。

2012年8月 7日 (火)

一本釣り 2

連絡取れた人 先生 + 14人/34人

SNSで、まだ見つからない同級生を検索したら、あっさりひとり見つかりました。
はて、グーグルとFBは網羅したはずだがまあいいか。

6年生のときに転校してきた純一くんは、今は名古屋在住。のぞみなら東京まで1時間40分、近い近い。
クラス会をお楽しみに!

2012年7月23日 (月)

オフ会 2

7月15日(日)、長野県に住む聡君が東京に来るといういうので、急遽、プチクラス会を開催。場所は新宿。
本当は、茂雄くんも来る予定でしたが、都合により欠席。

聡君、小学校のときも騒がしいこどもだったのが、そのまま大人になった感じ。みつごの魂百まで、というとおり、人間てそんなに変わらないもんだなあと実感。

「さわがしい」というと語弊があるけど、きっと自分の考えをいろんな人にぶつけていって、受け入れられたり受け入れられなかったり、してきたのだろうと思いました。

その2日後、聡君はイギリスへ旅立ち、ロンドンで朋子さんとプチクラス会を開いたりして、3泊5日で帰ってきたのでした。タフやねー。

2012年6月23日 (土)

オフ会

6月21日(木曜)、会社帰りに地元で茂雄くんとオフ会。

彼と会うのも32年振りと思う。自然と小学校当時のあだ名で呼びあえてよかったなぁ。
同級生という心やすさとともに、大人の心配りも感じたのも事実。どちらにしても、気持ちよく再会できました。

担任の先生や思い出話、互いの社会人になってからの話で1時間半ほどがあっという間。

とくに、ぼくからすると、今までひとりで他の同級生とやり取りしながら、考えたり思ったりしたことをある程度事情のわかる人に言えない状況だったのが、一気に茂雄くんに話すことができて、肩の荷がおりたというか、気持ちが軽くなりました。

まだ連絡が取れない人や、クラス会の開催のことも話ができたので、気持ちも新たにクラス会活動が進められそう。

2012年6月18日 (月)

同窓会

6月10日(日曜)、小学校の同窓会に出席。

理由があってのことでしょうが、現住所がわかっている昭和42年卒業までの方々を主体に案内を出しているそうです。

ということは、出席者がほとんど65歳以上ということで、当然、今年50歳になるわたしなんぞ最年少参加者。

会場の体育館入り口にはお受付はあったものの、当日楽器演奏する小学生の保護者と間違われたのか、スルーされてしまい勝手に着席。でも、書類などをもらえなかったので、もう一度受付に行ったたところ、
「お待ちしておりました。○○さんですね、今日の最年少ですよ。」と大変な歓迎のされよう。

さらに同窓会の重鎮?らしき「□□さんにご紹介します」といわれ、□□さんのところに。
わたしが地元の姓であるので、血縁関係など尋ねられたり実家の家業を知っていたりと、やはり東京都内とはいえ、地縁、血縁というのは、今でも生きているのだなあと実感。


2012年5月26日 (土)

一本釣り

連絡取れた人 先生 + 13人/34人

住所もわからず、グーグルに名前だけ入力してたどり着いた、廉太郎くんと連絡が取れました。
フリーでイラストやデザイン関係の仕事しているそうで、いわれてみれば図工が得意でした。学期末のクラスのお楽しみ会で、「ひとり仮面ライダーショー」的なものをやって、盛り上げてくれてましたね。

最初は、グーグルの検索から某イラストレーターのブログへ。イラストレーター氏の個展が紹介されており「大学の友達の廉太郎くんが来てくれました」と写真入の記事。
確かに同姓同名。容姿は、ひげ面だが面影も残っているような、いないような、と思いながら絵が上手だったことを合わせて、とりあえず、某氏のブログ宛にメール。
すると、翌日、本人からメールが来て、廉太郎君であることがわかりました。

半分の17人までもう一息だけど、ネタ切れ感あり。

2012年5月19日 (土)

返信あり 7

5/15 担任の先生からハガキで返事をいただきました。

こちらからは3月末に出していたので,、返事が無いことは気にはなっていたのですが、ハガキによると、今は自宅の建替え中の仮住まいで、僕の手紙は引越し荷物の貴重品箱に入れたまま失念されていたようです。
文字が抜けていたり、こちらの手紙の趣旨を勘違いされていたりと、80歳のお歳を考えればやむをえないとはいえ、切なくなりました。

小学校時代の先生は、子供から見たら、何でも知っていて何でもできる大人でした。
僕は自分の親と同居していますが、日々、親の様子から改めて老いを感じて、ハッとすることがあります。
まして、先生とは何十年もお会いしていないので、40歳の頃の先生から一気に40も年を取られた姿を見たようでした。

返信あり 6

連絡取れた人 先生 + 12人/34人

5/13に晶夫君からメールで返事がありました。
今は、群馬県に家を買って住んでいるとのこと。クラスでも小柄だった晶夫君に大学生の息子がいるっていうが不思議な感じです。

こどものころの慌ててしゃべるような口調がそのままメールの文章にも出ていて、三つ子の魂・・・というところ。
メールには、昔の(といっても15年くらい前の)同級生にまつわるエピソードが書いてありましたが、他の同級生にきいてみるとどうも記憶違いの様子。
クラス会を開いたときには、ぜひとも真相を解明せねば。

2012年5月 3日 (木)

返信あり 5

連絡取れた人 先生 + 11人/34人

4/24に佳奈江さんからメールが、5/2に毅くんからハガキで返事がありました。
これで2桁を突破。
最初FBではじめた4人とハガキ作戦のターゲット13人で合わせて17人(=クラスの半分)が目標だったので、近づいてきた感ありです。

佳奈江さんは、住所がわからずハガキを出せませんでした。が、先に返事をくれた晴美さんから晴美さんのお母さん→佳奈江さんのお母さん→佳奈江さん、という連携でメールをくれました。
FBに誘ったところやり方がわからないというので、説明メールを送りましたが、その後どうなったでしょうか?

毅くんは元の家にすんでるようで、同級の「健一くんとは連絡取れます」ということなので、12人目も当確か。

2012年4月22日 (日)

返信あり 4

連絡取れた人  先生 + 9人/34人

金曜日に、昌子さんからハガキの返信がありました。
「週末にハガキを受け取り、翌週前半に返事が戻ってくる」という仮説がはやくもグラつきました。

今回、ハガキを出した4人の女子のうち3人から既に返事。女子のほうが義理堅い?あるいは、結婚して家を出ると、息子は帰ってこないが娘は帰ってくる、といわれるのと同じ感覚かもしれない。

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